【筑波大学生物資源学類レポートNo3】応用微生物学研究グループ 研究内容に迫る!
今回の研究室訪問は、筑波大学生命環境学群生物資源学類応用生命化学コースの中村 顕先生の研究室です。中村先生の研究室では、二つの研究を主に行っています。
その研究の内容とは??
①高度好熱菌サーマスによる研究
熱に弱いけれど役に立つ酵素を高い温度でも働けるように
高度好熱菌サーマスとはどのようなものですか?
高度好熱菌サーマスは、伊豆の温泉からとれた菌です。70℃という高温で元気よく生えます。普通の菌は30~37℃で生え、より高温だと死滅してしまう菌が多いのですが、高度好熱菌サーマスは高温を好みます。
菌の中には120℃でできるもの(超好熱菌)もいます。
高度好熱菌サーマスにはどのような特徴がありますか?
菌の特徴としては、自然形質転換をおこします。DNAを取り込むことができ、遺伝子操作を非常に簡単に行うことができます。このような特徴は高度好熱菌の中では非常に珍しいものです。
大腸菌は人為的な操作をしなければ遺伝子をとりこむことができないのですが、サーマスは生やしているときにDNAを添加するだけで取り込むことができます。また、染色体上の目的の場所にDNAを導入することも可能です。
しかし、サーマスにDNAを導入するときにDNAを取り込む細胞は少なく、1000個あったら1個ぐらいしか入りません。そこで、DNAを取り込んだ細胞だけを培地で増殖させます。
このときできる塊をコロニーと呼びます。
どのようにして目的の遺伝子を取り込んだコロニーを選ぶのでしょうか?
DNAを取り込ませる形質転換を行うときには、通常、目的の遺伝子と一緒に、DNAを取り込んだ細胞だけがコロニーを作れるようにするための”選択マーカー”の遺伝子を取り込ませます。
選択マーカー遺伝子は、多くの場合抗生物質に対する抵抗性の遺伝子を使います。こうすることで、DNAを取り込んだ細胞は抗生物質を含む培地で生育してコロニーを作ることができますが、DNAを取り込まなかった細胞は、この培地では生育できずにコロニーも作らなくなります。
このような方法は、37℃付近の常温で生育する菌では当たり前の方法ですが、サーマスのような高温でしか生育できない菌の場合には、簡単には利用できません。それは、高温で働く抗生物質抵抗性遺伝子がないためです。
では代わりに常温菌で使われる抗生物質抵抗性遺伝子を使ったらどうでしょうか?
この遺伝子から作られる抗生物質抵抗性タンパク質は、もともと常温菌が作っているものですから、常温ではよく働きますが、サーマスの培養温度のような高温では、すぐに茹って変性してしまい、働かなくなってしまいます。
(先生の研究ではハイドロマイシンと呼ばれる細胞の中のたんぱく質をつくらせる、翻訳を阻害して菌を殺す作用を持つ抗生物質を使っています。)
どのようにして、耐熱性の選択マーカーを作り出したのですか?
先生は、大腸菌由来のハイグロマイシン抵抗性遺伝子に着目しました。
ハイグロマイシンは、細胞内でタンパク質を作る翻訳を阻害して、菌を殺す抗生物質です。この遺伝子をサーマスにいれると、51℃であればハイグロマイシンがあってもコロニーを作るという結果が得られました。(51℃はぎりぎりサーマスが生えることのできる温度)
この菌をハイグロマイシンがある状態で無理やり55℃で生育させてみると、もともとのハイグロマイシン抵抗性タンパク質はこの温度では働かないので、大部分の細胞はコロニーを作ることができません。
ところが一部の細胞が小さなコロニーを作ったので、この遺伝子について調べてみると、遺伝子に突然変異が起こり、そのためにタンパク質のアミノ酸が1か所置き換わって、もとのタンパク質より高い温度で働く(耐熱性が高くなる)ようになったことが分かりました。
55℃で生えてきたコロニーを今度は58℃で、さらに61℃で培養した時も、同様に小さなコロニーが生じ、これらのコロニーの遺伝子を調べてみると、やはり別のアミノ酸が置き換わるような突然変異が見つかりました。
この過程で、合計5か所のアミノ酸の置き換わりが見つかりましたので、これらを全て人工的にもとの遺伝子に入れてみると、67℃までハイグロマイシンに耐性を示すよう になりました。この酵素タンパク質を元のものと比べると、タンパク質レベルで約16℃耐熱性が向上していることが分かりました。
この耐熱化したハイグロマイシン抵抗性遺伝子は、サーマスを使っているいろいろな研究室で使われているそうです。
今回の研究では、選択マーカーとして使われる抗生物質抵抗性遺伝子が対象でしたが、将来的には役に立つけれど熱に弱いために使いにくい酵素に対して、同じような方法を用いて高い温度でも働けるように改変して使いやすくすることを目指しています。
高度好熱菌サーマスの研究で面白いと感じるのはどのようなところですか?
サーマスという菌を使うことの面白いところは、常温でしか働かない酵素に、耐熱性を与えていくことができるというところです。
➁ Lグルコースの研究
まだ誰も発見していないLグルコースの代謝経路を見つけたい!
炭素原子を含む有機化合物の場合、炭素原子が4つの原子(団)と結合し、その4つの原子(団)がすべて異なる場合には、ちょうどに右手と左手のように、立体的に重ね合わせることができない2つの立体異性体が生じます。
すべての生き物はグルコースを分解して代謝してエネルギーとして使うことができますが、グルコースの化学構造をよく見てみると、中央の4つの炭素原子はすべて異なる原子(団)4つと結合しています。そのため、グルコースにも立体異性体があります。DグルコースとLグルコースです。
先ほどの全ての生物が代謝できるグルコースはDグルコースですが、それではL-グルコースは代謝できるのでしょうか?過去の研究では、「Lグルコースは代謝できない」というものはありましたが、「代謝できる」というものはありませんでした。
そこで、Lグルコースを分解しエネルギーに変換することのできる微生物を見つけたい!というのが研究の始まりです。(どの生物も分解することができないので、分解できたとしたら、 きっと新しい代謝経路であるはずだ!)
生物にはホモキラリティという問題があります。これは、生物はDかLかどちらかしか使わないという性質で、代表的なものにはアミノ酸があります(タンパク質合成にはLアミノ酸しか使われない)。
グルコースの代謝でもDグルコースしか使われないので、ホモキラリティの問題があると考えることができます。この研究は、「生物がなぜホモキラリティを示すのか?」を解明する糸口になるかもしれません。
Lグルコースを分解できる微生物は、既に自然界から分離しています。その多くは根粒菌の仲間でした。根粒菌は植物と相互作用するので、Lグルコースと植物の間に何か関係があるのかもしれません。
Lグルコースについてはまだまだ研究段階です。
先生に質問してみました
応用生命化学コースの方は大学院へ進学される方は多いのでしょうか?
大学院へ進学する生徒が多いですね。修士課程のあとは、博士課程に進学される方や、就職される方など様々です。
就職先としてはどのような業界に進まれる方が多いのでしょうか?
食品系の企業が一番多いですね。最近は製薬会社に就職する学生も増えてきています。
また、環境関係に行く人もいます。研究者として働いている人が多いです。
研究室の女性先輩
まとめ
とても素敵な研究のお話しを伺うことができました。
研究者に大事なのは、今ある環境から感じた疑問をそのままにせず、とことん突き詰めていく姿勢や好奇心だとあらめて実感しました。
中村先生・研究室の先輩方お忙しいところお時間いただき本当にありがとうございました!